ICT教育推進研究所の研究室

ICT支援員→小学校教員が「ICTの効果的な利活用」をテーマに、授業記録・情報教育・情報通信技術(旧ICT)支援員について書いています。

ICT支援員?面白そうだけど…

※はじめにお断りしておきます。
今ではICT支援員という名称が一般化されつつありますが、当時はパソコンの先生や情報教育アドバイザー、PCサポータなど名称がまちまちでした。
多分にもれず私もICT支援員名称ではありませんでしたが、分かりやすくするためここではICT支援員で統一します。

 

 

支援員になろうと思ったきっかけ


私がICT支援員になったのは2008年3月。知ったきっかけは新聞の求人広告でした。
「公立学校でパソコンの補助員してみませんか」というような内容でした。

実は私の相方(旦那)がちょうど2000年頃、まだICT支援員という言葉も存在しなかった黎明期にいち早くこの仕事をしており、よく「楽しい仕事だった」と私に話していました。
それを聞いていたので私も「面白そうだな」と興味があった中での募集。しかしすぐ行動できずにいました。

ちょうどこの数年前に私は体調を崩して会社を退職、しばらく仕事から離れていました。
一時は精神科のお世話になることもありました。

このときもまだ完全に調子が戻っているとは言えず、頑張れば…のレベルでした。
興味はあるものの、果たして勤められるのか。そんな不安を大きく抱えていました。
また年齢的にも全く新しいことを学ぶような転職は難しい状況でもありました。
そんな私に相方はバックアップすると約束してくれたので、イチかバチかで面接に臨むことにしました。

そういえばICT支援員も今ではエントリーシートでWeb申し込みできますが、当時は履歴書と職務経歴書を手書きで書いて郵送でした。
時代の変化ですねぇ(^_^;)

 

ドキドキの試験と面接、その結果は・・



会場では適性試験としてWordやExcelの問題に取り組みました。
Excelは関数を使った簡単なグラフや表作りだったと思います。これは前職でバリバリやっていたので簡単でした。
しかしWordはほとんど触ってなかったので、なんとなくの感覚で文書を作成した思い出です。
このときの手応えはほとんどなく、「これはダメだ」と諦めていました。

面接では3人の面接官と相対し、これまでの職務経緯や志望動機などを話しました。
人と話すことから離れていたのでむちゃくちゃ緊張していた記憶です。
今でも思い出せばあのときのドキドキ感が蘇ります。
そんな中で試験は終わり、結果を待ちました。

数日後、私のもとに合格の知らせが届きました。
正直ダメだろうと思っていただけに、この結果には驚きの一言でした。
こうして私はICT支援員としての第一歩を踏み出しました。


次回は11月18日にアップします。